平成19年度 行政書士試験問題 8

法令択一 多肢選択式 記述式 47〜54 55〜60

正解例

一般知識等

問題55 「行政手続等における情報通信の技術の利用に関する法律」(いわゆる行政手続オンライン化法)に関する次の記述のうち、正しいものはどれか。

1 この法律は、行政手続のオンライン化を認める基本法ではあるが、個別の手続ごとに法改正を行うことが必要とされている。
2 この法律は、個別法および主務省令の改正を必要とすることなく、従来の書面による行政手続を電子化またはオンライン化することを認めた。
3 この法律は、行政処分の申請についてのオンライン化は認めているが、行政機関側からの処分通知などの重要書類は文書によることとしている。
4 この法律では、オンラインの行政手続のうち申請については発信主義をとっており、申請者の利用する電子計算機から申請が発せられた日時を申請日時とみなしている。
5 この法律は、行政機関が他の法令により書面での作成を義務づけられた文書等の作成も、主務省令の定めるところにより電子化することを認めている。

問題56 「電子署名に係る地方公共団体の認証業務に関する法律」(いわゆる公的個人認証法)に関する次の記述のうち、正しいものはどれか。

1 この法律は、地方公共団体の住民である外国人に対しても認証業務を提供することを定めている。
2 この法律は、地方公共団体で公的な機関として署名をする職員をも公的個人として認証することを定めている。
3 この法律により発行される電子証明書には、氏名、生年月日、性別、本籍地が記載される。
4 この法律により発行される電子証明書は、民間での取引にも使えるように、一般の民間企業等でもその検証(失効情報の問い合わせ)が認められている。
5 この法律により発行される電子証明書は、その発行の日から起算して3年の有効期間が定められている。

問題57 インターネットに関する最近の用語についての次のア〜エの記述のうち、正しいものの組合せはどれか。

ア ユーザがWebブラウザを利用してWebサーバ上の文書を書き換えるシステムである。ネットワーク上のどこからでも、いつでも、誰でも、文書を書き換えて保存することができる特徴を有する。
イ コミュニティ型の会員制サービスを提供するWebサイトを指す。既存の参加者からの招待がないと参加できないというルールになっているサービスが多いが、誰でも登録できるサービスも近年では増えている。
ウ 電話サービスや映像通信サービスなどを、統合的に実現するIPネットワークであり、従来のインターネットでは困難であった通信サービス品質やセキュリティー等を自由に制御できるという特長を有している。
エ IP電話を実現する中心的な技術の一つである。IP電語はIPネットワークを用いて通信を行うため、一般に既存の電話網と比較して、安価であるが、音声品質はベストエフォート・レベルにとどまっており、また、停電等の災害にも強くない。

   ア    イ    ウ    エ
1 NGN  SNS  Wiki MVNO
2 Wiki NGN  SNS  ADSL
3 Wiki SNS  NGN  VoIP
4 SNS  NGN  Wiki VoIP
5 SNS  Wiki NGN  ADSL

問題58 次の文章は、近隣諸国との関係について「日本語」を軸に考えている。1〜5のうち、本文の内容・趣旨と最も適合するものはどれか。

 ある言語による表現の流通が、その言語を理解する人々の範囲(言語圏)によって限定されるという事態は、すべての言語において共通である。たとえ、英語圏の人口が実質的に大きいといっても、そのことによって、英語で表現された思考は英語圏においてのみ流通し、享受されうるという限界の本質が変化するわけではない。それでも、日本語の場合に事情が特殊なのは、それが話される地理的範囲が、ほぼそのまま「日本」という国民国家の範囲と一致するからである。
  日本語によって表現されたすべての思考は、ほぼ自動的に日本語圏でしか享受されないものになる。この言語的な限界のもたらす弊害は、今日の日本では特に、国際関係に関する言説において顕著である。近隣諸国の政治的ふるまいや文化に対する批判的言説を表明すること自体は、表現の自由の範囲内のことである。しかし、批判の対象となる相手に趣旨が正しく到達し、反論があればこちらもそれを真撃に受け止めるという双方向性のプロセスがあってこそ、批判はその杜会的身体を全うする。国際関係に関する言説の事実上の読者が、批判の対象になっている国の国民ではなく、批判することはあってもされることのない、いわば安全圏にいる「身内」でしかないことは、これらの批判的言説のアクチュアリティを著しくそぐとともに、論者たちの知的モラルを低下させる事態を招いてしまうのである。
  世界の中には、現状で数千種類の言語があるともいわれる。どれほどの言語の天才でも、それらのすべてに通暁することは不可能だろう。聖書の中の「バベルの塔」の寓話は、世界の中にお互いに話が通じない複数の言語が存在するという状況のもたらす絶望を見事にとらえている。グローバル化とはいっても、私たちは、まさに、バベルの塔のまっただ中に住んでいるのだ。これは考えてみると恐ろしい事態のはずである。昨今の日本の論壇における、内輪向けの威勢のいい言説の隆盛は困った現象であるが、複数の言語が存在するという事態が人間精神に及ぼす潜在的に破壊的な影響に比べれば、認識論的にはトリヴィアルな問題とさえいえるかもしれない。
(出典 茂木健一郎「言語の恐ろしさ」より)

1 日本語が日本語圏でのみ通用することは、日本語での言説が内容的に正確で十分な表現力を持たないこととなり、双方向性を阻害してしまう。
2 近隣諸国の日本に対する批判や反論は、日本国内で十分に論議されており、その上で日本語による国際関係にかかわる批判が行われている。
3 他に対する批判は、それが対象に正しく伝わり趣旨が理解されることが前提であり、それによる双方向的プロセスが事態を改善する可能性を生む。
4 「バベルの塔」的言語状況は、話が通じないことによる絶望をもたらすが、その現状を理解することにより、事態改善の展望が開かれねばならない。
5 ある言語による言説の表現到達力の限界は、国という地理的範囲にあり、そのことの理解なしに現実の国際関係に対応することは問題である。

問題59 次の本文に続く1〜5の記述は、本文の続きから抜き出したものであるが、一つだけ部分的に変更されているため、全体の趣旨と合わなくなっているものがある。それはどれか。

 自然保護は元はといえば、人間の都合ばかり優先していないで、少しは他の生物のことも考えたらどうなんだ、というごく素朴な感情からスタートしたに違いない。しかし、現代社会はそもそも自然保護に整合的なようにはできていない。自然を人間の活動範囲外のすべて、と規定すると、自然保護を実行することは不可能になってしまう。魚を採るのも、牧場で牛を飼うのも、この意味での自然を常に侵略することによってしか可能でないからである。人間に侵略されていないもののみを自然とすることは可能だが、すると保護すべき自然はほとんど存在しなくなる。人間の活動範囲外の自然など、もはやこの地球上には皆無とは言わないまでもほとんどないからだ。
  それでは、自然を人間活動込みの何かと考えてみよう。人間も自然の一部であるから、究極的に考えれば人間活動を含めた一切合切は自然ということになる。何をしても自然なのだから、自然保護という概念はここでも破綻してしまう。自然を客観的に規定しようとすると、自然保護という活動はなりたたないのである。自然保護が行為として成立するためには、自然を恣意的に規定するか、あるいは自然を規定しないで、何のために自然保護をするのか、という原点に戻って、自然保護という行為そのものについて考えるよりない。
  前者のやり方は、たとえば原生林、クジラ、カモシカ等々を保護すべき自然と見なしてしまうのである。これはとても単純な考え方ではあるが、なぜそれらが保護に値するかを考えないと、原理主義になりやすい。カモシカは貴重だから天然記念物にして保護しよう、と誰かが言い出す。それはなかなか反対できない正義のひびきをもつ。するとカモシカが増えすぎて森林を食い荒らしても、カモシカを一頭たりとも殺してはいけないという話になってしまう。クジラも同じである。何が何でもクジラを一頭たりとも獲ってはいけない、という話こなりがちだ。原生林への立ち入りを一切禁ずる、というのも同じ発想である。
  何のためにやっているかの反省的意識が欠如すると、人はしばしば手段そのものを最終目的にしてしまう。大分前にアメリカで、妊娠中絶に反対する人が、中絶医を殺害する事件があった。妊娠中絶は殺人だから反対、と叫ぶ人が殺人をする。胎児の命を救うための中絶反対が、中絶反対のためなら殺人でも良しとする。原理主義の定義として辞書にどんなことが書いてあるのかは知らないが、私ならば、手段を最終目的にすることと定義する。
(出典 池田清彦「自然保護と原理主義」より)

1 天然記念物のようなものを決めて、保護すべき自然を規定するという発想は、元々、珍木奇岩を愛でる所から来たのであって、生態系や生物多様性を保護しようとする、現代的な自然保護思想にはまったくなじまない。屋久島の縄文杉を天然記念物にして保護しようという話はよくわかる。縄文杉は一本しかない個物だからだ。
2 原点に戻って、なぜ自然保護が必要かを考えてみる。論理的にこの問いに答えるのがなかなか難しい。愛護すべき自然を、美しいとか貴重とかの恣意的判断によって規定して、天然記念物を決定するようなやり方に、論理的根拠がないことは明らかである。
3 自然保護をするのは、結局は自然が人類の生存の基盤になるからだ、という考えもある。生態系が破壊されたら、生物の一種としてのヒトは生きていけなくなるし、何千万種もの生物種の中には、将来人類にとって非常に有益になるであろう種がいるかもしれない。しかし、このての考えをつきつめると、生態系や他の生物種に依存しないで人類が生存できるテクノロジーが開発されたら、自然保護は必要なくなってしまう。
4 自然そのもの、すなわち生態系や生物多様性そのものに至上の価値があるという考えがある。価値を決定するのは人間だから、価値ある自然そのものとは何か、という恣意的な問いを避けることができる。あるいは、どんなことをしても人間の活動が野生動物の活動と同じ程度であった旧石器時代以前の生活に戻るのがベストだという話になるだろう。
5 人間もそれをとりまく環境も刻々と変化する。変化に合わせて、自然保護の手段もそのつど変えねばならないのは当然であろう。そのときのキー・コンセプトは「持続可能な利用」となるだろう。
  人間は自然を収奪せずには生きられない。幸い自然は回復力を持っている。この範囲内で利用するのはやむを得ないと考えよう。自然環境は変化するから、回復可能な収奪のやり方はア・プリオリには決まらない。

問題60 次の文章の空欄[ア]〜[オ]に当てはまる語句の組合せとして、正しいものはどれか。

 企業間の関係についてのもうひとつの古典的な理論によれば、取引関係に何らかの不満がある場合、当事者の取る対応は「退出」(Exit)と「発言」(Voice)に分かれます。前者は何も言わずにそのまま取引を打ち切るという対応、後者は不満の内容を相手に明確に伝え、改善を促すという対応です。もちろん、退出と短期的な取引関係、発言と長期的・協力的な取引関係は[ア]な関係にあります。
  発言は退出に比べて面倒で時間の掛かる方法ですが、何が悪いのかが相手に明確に伝わるために、改善が行われやすいというメリットがあります。ただし、相手のほうが立場が強いときには発言を行いにくいし、相手と取引している者が自分の他に何人かいる場合には、誰か他の人が発言するのを期待して(他人の発言への「ただ乗り」)、誰も発言しなくなる可能性があります。自分の発言の成果が自分だけのものにならず、ライバルたちを利する結果になるからです。退出は[イ]にはコストの掛からない方法であり、他に選択肢がいろいろある場合には有効ですが、特殊な設備や技術等のためにその取引にロックインされていると取引相手の変更は難しく、退出のコストが大きくなります。このように、取引関係の性質によって、退出と発言のどちらが行われやすいかが異なり、それがその後の取引関係のパターンを決めていくことになるのです。
  もっとも、この2つの対応は必ずしも[ウ]な選択肢ではありません。発言は、取引関係がいつまでも改善されなければ[エ]に退出するという選択肢があってこそ、有効な対応になります。日本では例えばアメリカと比べれば取引関係や雇用関係が(今でもなお)[オ]ですが、それは必ずしも排他性やぬるま湯的な非効率を意味するものではありません。むしろ、発言に基づく長期的な関係の中で信頼関係が築かれ、成果が長い目で評価されることによって、上記の取引費用が節約され、矩期的な利害に振り回されることなく、長期的な視点から相互の利益を高めるための努力が行われる可能性があるのです。
(出典 岡室博之「企業と企業の結びつき」より)

    ア    イ    ウ    エ    オ
1 排他的 一時的 互換的 最終的 労使協調的
2 一般的 最終的 補完的 一時的 相互補完的
3 補完的 一般的 互換的 優先的 長期安定的
4 一般的 最終的 排他的 優先的 労使協調的
5 補完的 一般的 排他的 最終的 長期安定的

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